三国志14

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【三国志14】李世民の武将能力値紹介

李世民(リセイミン) 統率92 武力81 知力90 政治100 魅力92 唐の第2代皇帝・太宗。李淵の次男。母は竇氏。兄に李建成、弟に李元吉。長孫皇后との間の子が高宗・李治。隋末期、父に隋打倒を決断させ、自ら長安を攻め落とす。618年、隋に替わって唐が建国されると、転戦して各地の群雄を次々に攻め滅ぼし、天下統一を成し遂げた。その絶大な功績と人気を兄と弟に疎まれると、「玄武門の変」を起こして兄弟を謀殺し、父に譲位させて皇帝となった。即位後、内政では「貞観の治」と称えられる統治で国力を充実させ、外征では突厥と高昌国を滅ぼして勢力圏を拡大し、世界帝国たる唐の繁栄の礎を築き上げた。
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【三国志14】西郷隆盛の武将能力値紹介

西郷隆盛(サイゴウタカモリ) 統率85 武力58 知力84 政治88 魅力95 薩摩藩士。西郷吉兵衛の長男。通称は吉之助。号は南洲。藩主・島津斉彬に見いだされて将軍継嗣問題に奔走したが、斉彬の急死と安政の大獄により失脚し、奄美大島、沖永良部島と二度の流島の後、許されて帰藩。禁門の変、第一次長州征伐では幕府側に立ったが、第二次長州征伐の前に坂本龍馬の斡旋により桂小五郎と会談、薩長同盟を結ぶ。その後、王政復古、鳥羽・伏見の戦い、戊辰戦争と常に最前線で活躍。維新最大の功労者として新政府に迎えられたが、征韓論で大久保利通らと対立し下野。士族に擁立されて西南戦争を起こし、敗れて自刃した。
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【三国志14】高杉晋作の武将能力値紹介

高杉晋作(タカスギシンサク) 統率94 武力73 知力92 政治66 魅力85 長州藩士。高杉小忠太の長男。諱は春風。号は東行。松下村塾に学び、久坂玄瑞とともに吉田松陰門下の双璧と称された。藩命により上海へ渡航し、アヘン戦争後の清国の状況を目撃して欧米列強の進出に危機感を抱く。帰国後、尊王攘夷運動の先頭に立ち、品川の英国公使館焼討ちに参加したが藩に召還され、松陰の生誕地・松本村に閉居。下関戦争の敗北後、再び藩政に携わり、身分を問わず志願兵を集めて奇兵隊を結成する。藩論を倒幕に転換させ、第二次長州征伐では幕府軍を大いに破ったが、肺結核により維新の実現を待たずに病死した。
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【三国志14】勝海舟の武将能力値紹介

勝海舟(カツカイシュウ) 統率49 武力64 知力90 政治96 魅力71 幕臣。勝小吉の長男。通称は麟太郎。諱は義邦。蘭学・西洋兵学を学び、長崎海軍伝習所で航海術を習得。幕府の遣米使節を乗せた咸臨丸を指揮して太平洋横断に成功した。帰国後、軍艦奉行並に抜擢されると神戸海軍操練所を設立し、幕臣以外にも諸藩士や坂本龍馬ら脱藩志士を含めて広く人材育成に努め、「日本の海軍」建設を目指したが、激徒養成のかどで罷免され蟄居。第二次長州征伐時に復職し、停戦交渉に当たる。鳥羽・伏見の戦い後は徳川慶喜の助命、江戸城の無血開城などに奔走し、維新の政局収拾に大きな役割を果たした。
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【三国志14】土方歳三の武将能力値紹介

土方歳三(ヒジカタトシゾウ) 統率81 武力90 知力76 政治46 魅力62 新選組の副長。土方義諄の四男。諱は義豊。号は豊玉。武蔵国多摩郡石田村の豪農の家に生まれる。実家秘伝の「石田散薬」を行商しつつ、天然理心流の剣術を学ぶ。清河八郎の浪士隊徴募に、同門の近藤勇、沖田総司らと応じて上洛。京都守護職である会津藩主・松平容保の下で新選組の結成に参加、尊攘討幕運動の警戒にあたる。隊規「局中法度」を厳格に運用し、「鬼の副長」として隊士たちから恐れられた。鳥羽・伏見の敗戦後、各地を転戦、榎本武揚らと合流して北海道へ渡る。函館五稜郭で、新政府軍の銃弾に当たり戦死した。
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【三国志14】坂本龍馬の武将能力値紹介

坂本龍馬(サカモトリョウマ) 統率64 武力87 知力85 政治76 魅力93 土佐郷士。坂本直足の次男。諱は直陰、のちに直柔。江戸の桶町千葉道場で北辰一刀流を学び、目録を授かる。土佐勤王党に加盟するが翌年脱藩。勝海舟の門下で航海術を学び、神戸海軍操練所設立に尽力した。勝の失脚後は薩摩藩の援助の下、長崎に亀山社中(のちの海援隊)を設立。これを基盤に薩長同盟を仲介し、討幕派の結集に成功する。後藤象二郎と「船中八策」をまとめ、土佐藩を通じて幕府に建白、大政奉還を実現させた。京都の近江屋で陸援隊長・中岡慎太郎と会談中、十津川郷士を名乗る刺客に襲われ、凶刃に倒れた。
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【三国志14】鄭成功の武将能力値紹介

鄭成功(テイセイコウ) 統率89 武力76 知力79 政治83 魅力90 明の武将。鄭森。国姓爺。鄭芝龍の子。母は田川マツ。日本の平戸に生まれる。7歳で父のもとに赴き、のちに南京の太学で学んだ。1644年、明が滅ぶと、父とともに南明に従い、隆武帝の知遇を得て国姓の「朱」を賜った。以後、「反清復明」の志を貫き、父が明を見限って清に降った後も各地を転戦。厦門島と金門島を拠点に勢力を拡大し、日本などと貿易して戦力を蓄えた。やがて満を持して永暦帝とともに北伐を敢行したが、南京で清軍に大敗。再起を期して台湾に向かい、オランダ軍から台湾を解放して新たな拠点とするも、熱病にかかって没した。
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【三国志14】高長恭の武将能力値紹介

高長恭(コウチョウキョウ) 統率90 武力93 知力70 政治35 魅力91 南北朝時代、北斉の皇族。別名に高孝瓘、高粛。蘭陵王。高澄の四男。史書に「音容兼美」と明記された美男子。并州刺史として突厥や北周と激戦し、その勇猛ぶりを天下に知らしめた。564年、北周の大軍に洛陽が包囲されると、段韶、斛律光らとともに寡兵で援軍に向かう。敵味方もわからぬ混戦の中、兜を脱いで城兵に顔を見せて入城し、反撃して北周軍を大破した。この時の勇姿を北斉の兵士たちが称えて歌ったものが「蘭陵王入陣曲」として伝わる。以後も転戦を重ねて武勲を重ねるが、その名声を後主・高緯に疎まれて賜死させられた。享年33。
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【三国志14】花木蘭の武将能力値紹介

花木蘭(カモクラン) 統率77 武力76 知力68 政治27 魅力82 中国の民間伝承に語り継がれる巾幗英雄。男装の女将軍。成立は、南北朝期の北魏の民謡「木蘭辞」が最古とされ、南朝陳の「古今楽録」に収録されている(諸説あり)。のち隋唐の文人に脚色されて発展し、以後、詩歌や戯曲、小説、京劇など、様々な作品の題材となった。内容は、北方異民族の侵攻が激しくなる中、老父に代わって従軍を決意し、男装して戦地に赴くというもの。戦友たちと力を合わせて自軍を勝利に導き、褒美として地位ではなく帰郷を願った。家に帰って娘らしい姿に戻って登場すると、戦友たちは皆、大いに驚いたという。
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【三国志14】楊玉環の武将能力値紹介

楊玉環(ヨウギョクカン) 統率2 武力3 知力59 政治1 魅力97 唐の第6代皇帝・玄宗の寵姫。楊貴妃。楊玄琰の子。花も羞じらう色香を放つ、絶世にして豊満な美女。玄宗の子・寿王の妃に迎えられたが、玄宗に見初められて後宮に入った。才知があり、歌舞音曲にも優れ、玄宗の寵愛を一身に集めて貴妃となる。以後、玄宗は歓楽にふけって国政は乱れ、また楊氏の一門が高位を占めて楊国忠が外戚として専権を振るうようになる。やがて安禄山が乱を起こすと、玄宗に同行して蜀に逃れるが、陳玄礼らの要求によって死を賜った。その生涯は、白居易の「長恨歌」など数多くの作品の題材となっている。
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