三国志14

武将

【三国志14】傅僉の武将能力値紹介

傅僉(フセン) 統率73 武力85 知力72 政治42 魅力60 蜀の武将。傅彤の子。【演義】四角の鉄簡(鉄鞭に似た武器)を使う。蒋舒と共に姜維のお気に入りで、姜維の北伐に参加する。長城の戦いでは李鵬、王真を討ち取った。その後は陽平関を守る。263年、鍾会率いる蜀討伐軍を迎撃するが敗退。陽平関に帰陣するが、僚友の蒋舒はすでに降伏していた。乱戦の中、「死して蜀の鬼とならん」と叫び、自害。【正史】傅彤の戦死後に左中郎となり、のち関中都督となる。鍾会が攻め寄せると陽安関に籠城したが、同僚の蒋舒が開城して魏軍に降伏。傅僉は戦って討死した。
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【三国志14】馬謖の武将能力値紹介

馬謖(バショク) 統率64 武力67 知力87 政治68 魅力67 蜀の武将。馬良の弟。【演義】南蛮征伐で「南蛮人の心を攻めよ」と説き、諸葛亮の信任を得る。南蛮から帰還後、謀反の噂を流して司馬懿を失脚させ、北伐の準備を整えた。228年、街亭の守備に自ら志願するが、諸葛亮の命に背き、魏の張郃に完敗。この敗戦で、蜀軍の長安攻略は不可能となり、諸葛亮の命で処刑された(泣いて馬謖を斬る)。劉備は臨終の際、「馬謖を重用するな」と諸葛亮に遺言していた。【正史】街亭の守りは経験豊かな魏延か呉懿が適任とされていた。敗戦後、馬謖逃亡を是認した向朗は失脚した。
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【三国志14】傅士仁の武将能力値紹介

傅士仁(フシジン) 統率43 武力61 知力37 政治19 魅力17 関羽の武将。士仁とも。【演義】関羽と共に荊州を守る。関羽が襄陽進攻を準備している最中、失火で物資を損なった。処罰を受けた後、公安の守備に残され、関羽を恨む。やがて呉軍に荊州を落とされると、虞翻の説得を受けて戦わずに降伏し、僚友の糜芳も投降させた。その後、関羽の仇討ちのため、劉備が荊州に侵攻してくると、関羽を捕らえた馬忠の首を持って糜芳と共に劉備の陣へ戻るが許されず、関興に斬られた。【正史】日頃から関羽と仲が悪かった。
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【三国志14】馬遵の武将能力値紹介

馬遵(バジュン) 統率38 武力52 知力31 政治51 魅力47 魏の天水太守。【演義】227年、諸葛亮率いる蜀の北伐軍が来襲すると、姜維の計略を用いて蜀軍を撃退する。しかし、諸葛亮の計略で姜維が蜀軍に降伏すると抵抗しきれず、夏侯楙と共に羌族の下へ逃れた。【正史】姜維、梁緒、尹賞、梁虔らと領内を巡察中に、諸葛亮の北伐軍来襲の報を受ける。近隣の諸郡が蜀軍に呼応したと聞いて、姜維らも信じられなくなり、夜半に単独で逃亡。姜維らが追ってきても城門を閉ざしたため、行き場を失った姜維らは蜀軍に降伏した。
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【三国志14】馬日磾の武将能力値紹介

馬日磾(バジツテイ) 統率43 武力25 知力70 政治58 魅力52 後漢の官僚。【演義】董卓の死後、その死を嘆いた蔡邕を王允が責めた際、蔡邕の才を惜しんで助命を求めた。しかし、王允に拒否されたため、王允の世が短命であることを予言した。【正史】王允の死後、李傕より袁術の懐柔を命じられた馬日磾は、勅使として袁術のもとを訪れたが、袁術から屈辱的な待遇を受けたために憤死した。
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【三国志14】傅幹の武将能力値紹介

傅幹(フカン) 統率36 武力17 知力77 政治67 魅力60 曹操の幕僚。父は傅燮[フショウ]。子に傅玄。【演義】214年、曹操が呉討伐を企図すると、「呉蜀は天険の守りがあり武をもって攻め難し」として内政の充実を進言し、曹操に聞き入れられた。【正史】13歳の時に父を失い、その後、馬騰に仕えた。官渡の戦いの後、馬騰が袁尚と結んで曹操と対しようとすると、曹操に付くべきと進言して容れられた。のち曹操に仕え、劉備の入蜀が成功すると予見。214年、演義と同様に曹操の呉征伐を諫めるが、演義とは異なり聞き入れられなかった。
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【三国志14】波才の武将能力値紹介

波才(ハサイ) 統率72 武力74 知力52 政治25 魅力40 黄巾の渠帥[キョスイ](頭目)のひとり。【演義】記述なし。【正史】184年、張角が挙兵すると、南陽の張曼成、博陵の張牛角らと同時に挙兵し、潁川の反乱軍を統率。長社で皇甫嵩率いる官軍を包囲するが、曹操、孫堅、朱儁軍の奇襲に敗れた。
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【三国志14】傅嘏の武将能力値紹介

傅嘏(フカ) 統率44 武力35 知力81 政治82 魅力70 魏の官僚。傅介子の子。傅巽の甥。【演義】曹芳の代に尚書となる。孫権の死に乗じて呉を攻めようとする司馬師をいさめるが聞き入れられず、魏軍は敗退した。毌丘倹が反乱を起こすと、司馬師が指揮する討伐軍に加わり、楽嘉、項城、寿春の三手から進軍する作戦を立て、採用された。【正史】陳羣に召し出され、仕官。礼法、官制に通じた。曹爽が実権を握ると、何晏らを非難して免職されるが、司馬懿が政権を得たことで返り咲く。何曾、陳泰、荀顗、鍾毓らと親しかった。死後、太常を追贈された。
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【三国志14】馬鈞の武将能力値紹介

馬鈞(バキン) 統率5 武力8 知力64 政治60 魅力27 魏の科学者。馬均とも。【演義】魏帝・曹叡の命で、宮殿造営の監督を務める。不老不死を願う曹叡の求めに応じ、前漢の武帝が長安に築いた承露盤を洛陽に運ばせる。その際、烈風が起きて柱が倒れ、多くの犠牲者が出た。【正史】若い時は遊び暮らしていたが、生活に苦しくなり織機を改良。発明の才能を開花させる。魏に仕えてからも様々な発明をし、曹叡に指南車、水車、機械仕掛けの人形などを献上した。投石車の改良などにも着手。晋の傅玄から「天下に名高い器用者」と評された。
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【三国志14】傅嬰の武将能力値紹介

傅嬰(フエイ) 統率46 武力58 知力41 政治37 魅力50 呉の武将。丹陽太守・孫翊の配下。【演義】孫翊が嬀覽[キラン]、戴員、辺洪らに暗殺されると、孫高と共に孫翊の妻・徐氏に協力。孫翊の喪が明けた後、徐氏の一計に従って嬀覽、戴員を討ち果たした。この壮挙により孫権から牙門将に取り立てられた。【正史】演義と同様。
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