三国志13

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【三国志13】小喬 の武将能力値紹介

小喬(ショウキョウ) 統率40 武力12 知力74 政治77 周瑜の妻。孫策の妻・大喬の妹。【演義】喬国老の娘。絶世の美女として知られ、孫策に嫁いだ大喬と共に「二喬」と称された。孫策の臨終の際、周瑜に孫権への補佐を頼むよう遺言される。赤壁の戦いの前、曹操が二喬を銅雀台に住まわせることを望んでいると諸葛亮から聞かされた周瑜は激怒し、曹操との決戦に踏み切った。【正史】橋公の娘、小橋。周瑜との親愛ぶりを描いたもの、曹操の大軍を前に弱気になった周瑜を叱咤激励するものなど、周瑜と共に絵画や戯曲の題材としてよく登場する。
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【三国志13】鄧賢 の武将能力値紹介

鄧賢(トウケン) 統率61 武力73 知力45 政治36 蜀の武将。孟達の外甥。後に魏に仕える。【演義】関羽に援軍を送らなかったことで責められそうになった孟達と共に魏に臣従。諸葛亮が北伐を起こした際、孟達が蜀に寝返ろうとすると、李輔と共に司馬懿に通報する。孟達が司馬懿に討伐されると、上庸の守備を任された。【正史】劉璋の武将。劉備が蜀に侵攻すると、張任らと共に抗戦して綿竹に籠城。劉璋が劉備に降伏すると従った。後に孟達と共に魏に移る。228年、孟達が司馬懿に包囲された際、司馬懿の呼びかけに応じ、城門を開いた。
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【三国志13】程普 の武将能力値紹介

程普(テイフ) 統率84 武力79 知力79 政治74 孫堅、孫策、孫権三代に仕えた呉の宿老。程咨の父。【演義】反董卓連合に参加した孫堅の参謀として董卓軍と戦い、汜水関で胡軫を討ち取る。上洛後、孫堅と共に玉璽を発見した。孫堅の戦死後は孫策、孫権を補佐し、赤壁の戦いでは曹操との交戦を主張する武闘派の中心となる。若い周瑜の下に置かれると、最初は不満を持っていたが、周瑜の采配が理に適っている事を知り、心服。以後は周瑜に従って赤壁、南郡と連戦した。【正史】黄巾討伐から孫堅に従う。周瑜の死後、南郡太守となる。劉備との荊州分割で江夏に移った後、死亡。
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【三国志13】陳紀 の武将能力値紹介

陳紀(チンキ) 統率58 武力65 知力43 政治48 袁術の武将。【演義】皇帝を名乗った袁術が呂布を攻めた際に従軍するが楊奉、韓暹らが呂布軍に寝返ったため大敗。その直後、曹操が寿春に攻め寄せると李豊、楽就、梁綱と共に寿春城を守る。しかし、かなわず、他の僚将ともども捕らえられ、処刑された。【正史】袁術から、九江太守に任ぜられた。孫策は以前、袁術から九江太守の地位を約束されていたため、この人事に不服で袁術からの独立を考えるようになる。
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【三国志13】張悌 の武将能力値紹介

張悌(チョウテイ) 統率67 武力43 知力80 政治78 呉の官僚。丞相。【演義】晋の呉討伐軍が迫ると諸軍を迎撃に当たらせ、自らも沈瑩と諸葛靚を従えて出陣。晋軍との兵力差を知って降伏を勧める諸葛靚に、「呉が滅びるのは周知の事実。誰も国難に殉じず降伏したとあっては示しがつかない」と決意を語る。決戦の日、沈瑩と共に晋軍に突撃し、最後まで奮戦して斬り死にした。【正史】魏の蜀平定を予見した。晋軍が迫ると、孫震、沈瑩、諸葛靚と共に版橋で迎撃。張喬を破るが、張翰[チョウカン]、周浚らの攻撃を防ぎきれず、王渾に斬られた。
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【三国志13】張嶷 の武将能力値紹介

張嶷(チョウギョク) 統率79 武力72 知力75 政治77 蜀の武将。【演義】諸葛亮の南蛮制圧に参加。孟獲の妻・祝融との戦いで飛刀を受けて捕らえられた。その後は諸葛亮と姜維の北伐で活躍。256年、段谷[ダンコク]で鄧艾に包囲された姜維を身を挺して救出し、自身は矢を浴びて戦死した。【正史】諸葛亮の北伐では馬忠の指揮下で羌族討伐に当たった。その後、越嶲[エッスイ]太守となり、南方の異民族を融和的に統治。これが演義における諸葛亮の南蛮制圧の原案ともいわれる。254年、魏の徐質との戦いで戦死。南方の異民族はその死を惜しみ、廟を建てて祀った。
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【三国志13】太史慈 の武将能力値紹介

太史慈(タイシジ) 統率90 武力93 知力69 政治58 孔融、劉繇に仕えた後、孫策に仕える。太史享の父。【演義】母の恩返しのため、黄巾残党に包囲された孔融を助け、劉備から援軍を取り付けた。その後、劉繇に仕え、江東に進出した孫策と激闘を演じる。最後まで抵抗するが捕らえられ、劉繇の残兵を率いて孫策に帰順した。赤壁の戦いの翌年、合肥を攻めて張遼と互角に渡り合う。合肥城内の戈定[カテイ]らと内通の手はずを取って攻め込むが、張遼に見破られて負傷。「男子として生まれながら志半ばで死なねばならぬのか」と叫んで死んだ。【正史】赤壁の戦いの前に死亡するが、臨終の言葉は同様。
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【三国志13】孫堅 の武将能力値紹介

孫堅(ソンケン) 統率94 武力90 知力79 政治73 後漢の長沙太守。孫策、孫権の父。呉の武烈皇帝。【演義】賊討伐で武功を立て、黄巾賊討伐でも活躍。「江東の虎」と呼ばれる。曹操が発した董卓討伐の号令に応じ、先陣を切って華雄と戦うが、袁術が兵糧を送らなかったため敗北。洛陽で手に入れた玉璽を巡って袁紹と対立し、袁紹派の劉表に襲撃される。その後、袁術と結び劉表と戦うが、蒯良の策にはまり矢岩を受けて戦死した。【正史】反董卓連合諸侯が董卓を恐れて戦わない中、孤軍で勇戦し実績を上げた。陽人の戦いで華雄を討ち、董卓に焼かれた洛陽を復興するなど漢朝に尽くした。
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【三国志13】曹操 の武将能力値紹介

曹操(ソウソウ) 統率99 武力72 知力92 政治91 宦官・曹騰の孫。曹嵩の子。魏の武帝。幼名は阿瞞。【演義】許劭から「治世の能臣、乱世の奸雄」と評される。黄巾賊討伐で活躍し、董卓が実権を握ると諸侯に董卓打倒を呼びかけて挙兵。その後、兗州を平定して青州兵を加え、献帝を許昌に迎えて政権を握る。呂布、袁術らを倒し、官渡の戦いで袁紹を破って河北を支配。次いで劉琮を下し江東に迫るが、赤壁の戦いで孫権、劉備の連合軍に敗れ、全土統一の機会を逃す。以後は関中以西の平定に尽力。213年に魏公、216年に魏王となる。【正史】政戦両略に優れ、詩歌文学にも通じる万能の英雄。
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【三国志13】全琮 の武将能力値紹介

全琮(ゼンソウ) 統率78 武力72 知力75 政治61 呉の武将。妻は孫魯班。全緒、全奇、全端、全懌の父。【演義】228年、周魴の計略で石亭に誘い込まれた曹休を、陸遜、朱桓と共に破る。蜀の諸葛亮が死ぬと、魏の動きを牽制するために、呉蜀国境の巴丘に駐屯した。【正史】呂蒙が関羽を討伐したのと同時期に、関羽討伐の計略を上奏し、孫権から認められた。229年には衛将軍、徐州牧に任ぜられる。同年、孫権の娘・孫魯班を妻に迎えたことで、全一族は栄達する。孫和と孫覇が孫権の後継を争うと、孫覇を支持。子の全奇が孫和派の顧譚からないがしろにされると、顧譚を交州に流した。
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