武将 | 読み | 性別 | 生年 | 没年 |
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劉馥(元穎) | リュウフク(ゲンエイ) | 男 | 164 | 184 |
劉馥の能力値
統率 | 武力 | 知力 | 政治 |
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64 | 49 | 74 | 87 |
槍兵 | 騎兵 | 弓兵 | 重臣特性 | 伝授特技 | 戦法 | 理想威名 |
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B | C | A | 農業重視 | 農業 | 後方支援 | 執政 |
劉馥の列伝
曹操の揚州刺史。
三国志演義では
揚州に学校を建て、屯田に成功するなど功績を上げた。赤壁の戦いを前に曹操が詠んだ「短歌行」の一節を不吉だと指摘して怒りを買い、殺された。
正史では
袁術配下の戚寄[セキキ]と秦翊を説き伏せ、共に曹操に仕えた。曹操が袁紹一族との戦いに奔走している間、揚州刺史となり、梅乾、雷緒、陳蘭の横行に対処した。以後、学校建設、屯田、堤防や灌漑[カンガイ]の整備、合肥[ガッピ]の城壁強化など数々の功績を上げた。208年に死去。「短歌行」の逸話は演義の創作。