三国志14

武将

【三国志14】王平の武将能力値紹介

王平(オウヘイ) 統率83 武力79 知力76 政治56 魅力50 蜀の武将。もと魏の牙門将。【演義】漢中攻防戦で徐晃の副先鋒となるが、徐晃と仲違いし蜀軍に降る。その後、南蛮討伐戦や諸葛亮の北伐に参加。街亭の戦いでは馬謖の補佐を命じられ、独走する馬謖をいさめるが止められなかった。諸葛亮の遺言では忠義の士の1人に数えられる。【正史】元の名は何平。街亭からの後退戦で敵の追撃を許さず、諸将が降格する中1人だけ昇進した。魏延の反乱討伐後、漢中太守、前将軍、鎮北大将軍を歴任し、漢中方面の守備を担った。
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【三国志14】夏侯威の武将能力値紹介

夏侯威(カコウイ) 統率71 武力73 知力49 政治58 魅力65 魏将・夏侯淵の子。夏侯覇の弟。夏侯恵、和の兄。【演義】夏侯淵の次男。諸葛亮が五丈原に出陣した際、司馬懿に抜擢され、兄の夏侯覇と共に左右の先鋒を務める。公孫淵が反乱を起こした時も、司馬懿に従軍して鎮圧した。【正史】男気のある人物で、荊州、兗州の刺史を歴任した。人相見の朱建平から「49歳で災難に遭うが、切り抜けられたら70歳まで生き、皇帝の後見役になる」と予言される。49歳の12月に病になり、晦日に回復して喜ぶが、酒宴の後に再発し急逝した。
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【三国志14】王必の武将能力値紹介

王必(オウヒツ) 統率58 武力43 知力57 政治64 魅力66 曹操の武将。【演義】曹操挙兵時から従う古参の将。御林軍の指揮を任せられたが、酒宴の最中に金禕の反乱に遭い、流れ矢を受けて負傷。その後、曹休に急報して反乱は終息したが、王必はこのときの傷が原因で死亡した。【正史】呂布を捕らえた際、縄を緩めようとした曹操を諫めた。曹操は王必の忠誠と才能を認め、丞相領長吏に任じた。金禕の反乱で王必が没すると、曹操は激怒して宮中の者を集め、無関係の者までも反乱に加担したと決めつけて処断したという。
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【三国志14】郭淮の武将能力値紹介

郭淮(カクワイ) 統率87 武力78 知力82 政治75 魅力76 大司農・郭全の孫。魏の武将。【演義】劉備軍との漢中攻防戦で曹洪に従軍し、連敗した張郃が曹洪に殺されそうになるとかばった。諸葛亮の北伐が始まると曹真に推挙されて副都督となり、以後、司馬懿らと協力して相次ぐ北伐を防いだ。曹爽滅亡後、夏侯覇が反旗を翻すと討伐するが、夏侯覇には逃げられる。隴西で姜維と対陣し一度は撃退。再来した姜維によって司馬昭が鉄籠山[テツロウザン]に包囲されると、救出に向かうが、姜維の矢を眉間に受けて戦死した。【正史】曹操の張魯討伐に従軍し、夏侯淵の司馬となった。
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【三国志14】王惇の武将能力値紹介

王惇(オウトン) 統率60 武力65 知力43 政治61 魅力53 呉の武将。【演義】孫綝に殺された人物の1人として名が登場する。【正史】219年、孫権が曹操から荊州牧に任じられ、皇帝に献上物を捧げた際、馬の購入を命じられた。256年、孫綝に重用されないことを恨んだ孫慮から孫綝誅殺を持ちかけられるが、発覚して殺された。孫慮も毒をあおって死んだ。
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【三国志14】霍弋の武将能力値紹介

霍弋(カクヨク) 統率72 武力69 知力69 政治72 魅力74 霍峻の子。蜀の建寧太守。演義では霍戈[カクカ]。【演義】鄧艾によって成都が陥落すると、喪服を着用し成都に向かって3日間泣き続けた。劉禅の安全が確認されるまで降伏を拒み、劉禅が安楽公に封ぜられたことを知ると、部下を率いて投降した。【正史】劉禅の太子舎人。諸葛亮の北伐時、諸葛喬と各地を巡察した。その後、黄門侍郎、安南将軍を歴任。蜀が降伏した時、羅憲と共に一地方を保ち、軍を挙げて降ったため、司馬昭から称賛された。晋の南中都督となり、交趾、日南、九真の3郡を平定した。
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【三国志14】郭攸之の武将能力値紹介

郭攸之(カクユウシ) 統率13 武力9 知力66 政治78 魅力61 蜀の侍中。【演義】劉備に抜擢された。諸葛亮の「出師の表」で、「費禕、董允と共に誠実忠義の士である。宮中のことはすべてこの3人と相談するように」と評され、北伐に出立する諸葛亮から成都の留守を任された。【正史】大人しい性格で、人物と学識の高さから名を知られた。「出師の表」が上奏された後、費禕は参軍、董允は侍中兼虎賁中郎将に昇進して近衛隊を指揮したが、郭攸之が昇進したという記述はない。
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【三国志14】王韜の武将能力値紹介

王韜(オウトウ) 統率47 武力58 知力70 政治51 魅力49 司馬昭の参謀。【演義】253年、司馬昭に従い、鉄籠山[テツロウザン]で姜維と対戦。包囲されて水不足になると、後漢の耿恭[コウキョウ]が祈って水を得た故事にならい祈ってみるように進言。司馬昭が祈ると泉が沸き出し、難を逃れた。【正史】記述なし。
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【三国志14】郝萌の武将能力値紹介

郝萌(カクボウ) 統率60 武力66 知力41 政治34 魅力38 呂布の武将。【演義】濮陽を巡る曹操との戦いで登場。曹操を濮陽城内に誘い込むが取り逃す。呂布が下邳で包囲された時、袁術に援軍を求める使者となった許汜、王楷の護衛となる。往路は曹操軍の突破に成功するが、復路で張飛に捕らえられ、曹操に斬られた。【正史】袁術と連絡を取って、下邳で呂布に反旗を翻すが、呂布には逃げられ高順に攻められる。配下の曹性に裏切られ、決闘で曹性を負傷させるものの自らも片腕を失った。最期は高順に斬られた。
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【三国志14】王昶の武将能力値紹介

王昶(オウチョウ) 統率74 武力64 知力79 政治80 魅力75 王渾の父。魏の征南大将軍。【演義】252年、孫権の死に乗じて司馬昭が呉を攻めた時、江陵方面の攻撃を担当。味方の胡遵が丁奉に敗れたため退却した。【正史】王淩と並ぶ名士で、王淩を兄として仕えた。曹丕の太子文学となり、曹丕即位後は洛陽の荒地開拓に従事して兗州刺史に昇進。曹叡が人材推挙の詔を出した時、司馬懿から推挙された。毌丘倹の反乱を鎮圧して驃騎将軍となり、後に司空となる。法制度の寛容化を説いた「治論」や「兵書」などの著がある。
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