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【三国志14】程武の武将能力値紹介

程武(テイブ) 統率54 武力35 知力75 政治71 魅力49 魏の幕僚。程昱の子。程暁の父。【演義】227年、蜀の諸葛亮が北伐を開始すると、迎撃の指揮を執る夏侯楙の参軍となる。蜀の先鋒・趙雲を伏兵で生け捕る作戦を立てるが、張苞、関興の襲撃を受けて失敗した。【正史】程昱の死後、爵位を継いだとあるのみ。正史では夏侯楙は諸葛亮と戦っておらず、程武が夏侯楙の参軍になったという記述もない。
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【三国志14】張梁の武将能力値紹介

張梁(チョウリョウ) 統率78 武力80 知力70 政治53 魅力82 黄巾の首領・張角の三弟。張宝の弟。人公将軍。【演義】兄の張宝と協力し、皇甫嵩と朱儁が率いる官軍と戦う。しかし、長社で火攻めを受け、さらに曹操軍に急襲されて敗走。その後も皇甫嵩と曹操の追撃を受け、七度抵抗しながらことごとく突破されて斬り殺された。【正史】広宗で皇甫嵩軍と戦い、緒戦は勝利する。しかし、翌朝、皇甫嵩軍の奇襲を受けて敗れ、斬り殺された。
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【三国志14】程普の武将能力値紹介

程普(テイフ) 統率85 武力79 知力79 政治74 魅力86 孫堅、孫策、孫権三代に仕えた呉の宿老。程咨の父。【演義】反董卓連合に参加した孫堅の参謀として董卓軍と戦い、汜水関で胡軫を討ち取る。上洛後、孫堅と共に玉璽を発見した。孫堅の戦死後は孫策、孫権を補佐し、赤壁の戦いでは曹操との交戦を主張する武闘派の中心となる。若い周瑜の下に置かれると、最初は不満を持っていたが、周瑜の采配が理に適っている事を知り、心服。以後は周瑜に従って赤壁、南郡と連戦した。【正史】黄巾討伐から孫堅に従う。周瑜の死後、南郡太守となる。劉備との荊州分割で江夏に移った後、死亡。
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【三国志14】張遼の武将能力値紹介

張遼(チョウリョウ) 統率95 武力92 知力78 政治58 魅力77 呂布の武将。後に曹操に仕える。張虎の父。【演義】呂布が下邳で敗死した時に捕らえられ、劉備と関羽の勧めで曹操に登用される。曹操軍が関羽を下邳に包囲した時は関羽に降伏を説いた。官渡の戦いの後、烏桓討伐を指揮し、白狼山で蹋頓を討つ。赤壁の戦い後は合肥に入り、魏呉国境を守る。215年、李典、楽進と共に逍遥津[ショウヨウシン]で孫権軍を大破し、その名を聞けば泣く子も黙ると恐れられた。224年、曹丕に従って呉を攻めた際に丁奉の矢を受け、間もなく死亡した。【正史】222年、曹休と共に呉の呂範を破り、直後に病死。
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【三国志14】張翼の武将能力値紹介

張翼(チョウヨク) 統率75 武力74 知力72 政治72 魅力70 蜀の武将。【演義】劉備と劉璋が争った時、劉璝の部下として劉備軍と戦い、敗色濃厚になると劉璝を斬って降伏した。その後は、曹操との漢中攻防戦、夷陵の戦い、南蛮制圧、諸葛亮の北伐に参加。諸葛亮の死後は姜維の北伐を支援し、剣閣で鍾会に降伏するまで戦い抜く。蜀滅亡の翌年、姜維と鍾会が魏に謀反した際の混乱に巻き込まれ、死亡。【正史】劉備が益州牧になると登用される。法に厳しく、異民族統治も厳格で、諸葛亮から信頼された。左車騎将軍まで昇進。姜維の北伐には反対していた。
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【三国志14】丁斐の武将能力値紹介

丁斐(テイヒ) 統率52 武力40 知力57 政治45 魅力35 曹操の臣。子に丁謐[テイヒツ]。【演義】渭南の県令。渭水で曹操が馬超に追い詰められた時、牛馬を解き放って馬超軍の気をそらし、曹操の窮地を救った。この功で典軍校尉に任ぜられた。【正史】曹操と同郷の出身。金銭に汚く、よく賄賂を要求して問題となったが、同郷のよしみで曹操に見逃してもらっていた。時には私有の牛と官有の牛を勝手に交換することもあったが、曹操は笑って許した。渭水の戦いにおける活躍は、演義と同様。
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【三国志14】張楊の武将能力値紹介

張楊(チョウヨウ) 統率72 武力70 知力67 政治58 魅力70 後漢の河内太守。【演義】上党太守の頃、曹操の董卓討伐の号令に応じた。後に河内太守となる。献帝が李傕、郭汜の支配下を脱して洛陽に移った際、食糧を援助して大司馬に任ぜられた。呂布が曹操に包囲されると、呂布を救援して曹操の背後を攻めようとするが、部下の楊醜に殺された。【正史】袁紹が董卓討伐軍を起こした時、上党に駐屯しており、匈奴の於夫羅と共に袁紹に協力した。しかし、於夫羅が反逆を企てたため瓦解し、一時期、於夫羅に捕らえられた。その後、董卓から河内太守に任ぜられる。
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【三国志14】鄭度の武将能力値紹介

鄭度(テイド) 統率24 武力28 知力74 政治50 魅力21 劉璋の部下。従事。【演義】劉備が雒城[ラクジョウ]を落として成都に迫ると、劉璋は諸将を集めて軍議を開く。そこで鄭度は、作物や各地の穀倉を焼き払い、守りを固めて劉備の兵糧が尽きるのを待つ策を進言。しかし劉璋はこの作戦を一蹴したため、実現されることはなかった。【正史】演義とほぼ同様。
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【三国志14】張曼成の武将能力値紹介

張曼成(チョウマンセイ) 統率74 武力81 知力47 政治39 魅力57 黄巾の武将。【演義】記述なし。【正史】「神上使」を自称し、数万の兵を率いて南陽で挙兵。太守の褚貢[チョコウ]を殺し、数カ月、宛を占拠するが、最後は後任太守の秦頡[シンキツ]に討たれた。南陽黄巾はこの後も、趙弘、韓忠、孫夏らを中心に団結し、孫夏が朱儁に討たれるまで抵抗を続けた。
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【三国志14】鄭冑の武将能力値紹介

鄭冑(テイチュウ) 統率58 武力44 知力52 政治61 魅力57 呉の官僚。鄭札の子。【演義】記述なし。【正史】若い頃から文武に優れ、賢良に推挙されて建安太守となった。この頃、呂壱に讒訴されるが、潘濬と陳表の弁護で事なきを得ている。239年、羊琇らと公孫淵の救援に向かうと、既に公孫淵は敗れていたが、魏の張持や高慮を破った。のち鍾離牧らと共に鄱陽と新都の反乱を討伐した。
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