武将 | 読み | 性別 | 生年 | 没年 |
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朱績(公緒) | シュセキ(コウショ) | 男 | 204 | 219 |
朱績の能力値
統率 | 武力 | 知力 | 政治 |
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78 | 52 | 68 | 38 |
槍兵 | 騎兵 | 弓兵 | 重臣特性 | 伝授特技 | 戦法 | 理想威名 |
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C | C | B | – | 連戦 | 弓攻強化 | 天下名将 |
朱績の列伝
呉の武将。朱然の子。義理の祖父に朱治。
三国志演義では
記述なし。
正史では
初め潘濬の配下として異民族の討伐などに功績をあげ、父の後を継いで呉軍の将軍位に就任、魏の王昶らと攻防戦を繰り広げた。諸葛恪が謀殺された際、諸葛恪と敵対する一派に協力し、諸葛融を自害に追い込み、粛清を成功させている。三つ巴の有利さを説き、蜀と連携をとってその勢力を活用するなど呉の存続に心を砕いた。晩年、旧姓の施に復し、左大司馬の位にまで昇っている。魏の詔勅でも「賊国の名臣」と評された。