武将 | 読み | 性別 | 生年 | 没年 |
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留平 | リュウヘイ | 男 | 218 | 232 |
留平の能力値
統率 | 武力 | 知力 | 政治 |
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70 | 71 | 68 | 57 |
槍兵 | 騎兵 | 弓兵 | 重臣特性 | 伝授特技 | 戦法 | 理想威名 |
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B | C | C | – | 巡察 | 弓防弱化 | 武術師範 |
留平の列伝
呉の武将。留賛の子。留略の兄弟。
三国志演義では
暴政を振るう孫晧をいさめるが、怒りを買って殺された。
正史では
264年、陸抗、歩協、盛曼らと共に巴東の羅憲を攻める。征西将軍、左将軍などを歴任。271年、孫晧が民衆に犠牲を強いて華里から西へ巡幸した際、万彧、丁奉らと共に「もしこのまま西に進むなら、我らだけでも帰還しよう」と相談する。後にこのことが発覚し、宴席で孫皓に毒を盛られた。この時は解毒薬で死を免れるものの、憤りと不安の余り1カ月後に死亡した。