武将 | 読み | 性別 | 生年 | 没年 |
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田疇(子泰) | デンチュウ(シタイ) | 男 | 169 | 188 |
田疇の能力値
統率 | 武力 | 知力 | 政治 |
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66 | 66 | 73 | 76 |
槍兵 | 騎兵 | 弓兵 | 重臣特性 | 伝授特技 | 戦法 | 理想威名 |
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C | B | B | – | 巡察 | 攻撃弱化 | 宰相 |
田疇の列伝
後漢の議郎。
三国志演義では
袁紹に仕えた。袁紹の死後、曹操が烏丸を討伐しようとした際、道案内として召し出される。烏丸討伐後、柳城の守りを任されそうになるが、固辞した。
正史では
劉虞に仕え、早くから公孫瓚を警戒していた。献帝への使者として長安に赴くが、劉虞が公孫瓚に殺されたため隠棲。袁紹や袁尚の招きには応じず、北方に籠もって善政を敷いた。郷里を荒らした烏丸を恨んでいたため、曹操の烏丸討伐には協力。しかし、その後は曹操の任用も固辞し、親しかった夏侯惇の説得も拒んだ。