武将 | 読み | 性別 | 生年 | 没年 |
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張魯(公祺) | チョウロ(コウキ) | 男 | 163 | 184 |
張魯の能力値
統率 | 武力 | 知力 | 政治 |
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51 | 26 | 74 | 78 |
槍兵 | 騎兵 | 弓兵 | 重臣特性 | 伝授特技 | 戦法 | 理想威名 |
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B | C | B | 農業重視 | 農業 | 士気回復 | 宰相 |
張魯の列伝
後漢の漢寧太守。五斗米道の祖・張陵の孫。張衛の兄。
三国志演義では
曹操が馬超を討伐して西進の気配を見せたため、劉璋の蜀を奪って対抗しようと画策。劉備が劉璋を攻めると、馬超を派遣して劉備軍と戦わせる。215年、曹操が漢中に来襲すると、張衛や龐徳に迎撃させるが敗北。倉は国家の預かりものとして焼かずに封じ、巴西に逃亡した後、降伏。倉を焼かなかったことを高く評価された。
正史では
劉焉の命で漢中攻撃を指揮し、その軍勢を奪って漢中で独立。劉璋の代になっても服従しなかったため、母や家族を劉璋に殺された。