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【三国志14】凌操の武将能力値紹介

凌操(リョウソウ) 統率75 武力81 知力42 政治35 魅力54 呉の武将。凌統の父。【演義】孫策に討伐された厳白虎が余杭に逃れてきた時、住民を率いて打ち破り、孫策に仕えた。孫権の代、江夏の黄祖を攻めた際、一番乗りで斬り込むが、甘寧に射殺された。これが因縁となり、凌統は甘寧を仇敵としてつけ狙うようになる。【正史】孫策が挙兵すると配下に加わり、山越族の平定に貢献。剛胆な性格で、常に先陣を切って戦った。203年、孫権の指揮下で江夏の黄祖を攻め、流れ矢に当たって死亡。甘寧の矢に当たって死んだという説もある。
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【三国志14】梁緒の武将能力値紹介

梁緒(リョウショ) 統率56 武力62 知力66 政治67 魅力59 天水の武将。魏に仕えた後、蜀に降る。【演義】姜維の友人。諸葛亮が天水を攻めた時、蜀に降っていた姜維と連絡を取った。同僚の尹賞と謀り、城門を開いて蜀軍を迎え入れた功績で、天水太守に任ぜられた。【正史】諸葛亮が天水を攻めた時、姜維、梁虔、尹賞と共に太守の馬遵から異心ありと疑われた。馬遵が逃走する際に置き去りにされ、4人で諸葛亮に降伏。大鴻臚まで昇進したが、蜀の滅亡前に死んだ。
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【三国志14】梁習の武将能力値紹介

梁習(リョウシュウ) 統率71 武力40 知力73 政治87 魅力80 魏の并州刺史。【演義】記述なし。【正史】曹操が司空になると、召し抱えられて各地の県令を歴任し、功績を上げた。曹操が高幹を討伐して并州を支配した後、并州刺史となり、匈奴を恭順させて辺境地帯に平穏をもたらした。曹丕の代にも并州刺史に就任。辺境経営の功績は天下第一と評される。曹叡の代に中央に戻り、大司農に任ぜられた。
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【三国志14】梁綱の武将能力値紹介

梁綱(リョウコウ) 統率61 武力69 知力42 政治22 魅力49 袁術の武将。演義では梁剛。【演義】袁術が呂布討伐戦を起こした時、李豊、楽就と共に督戦官となるが、楊奉、韓暹の裏切りに遭い大敗。曹操にも攻め込まれ、楽就、李豊、陳紀と共に寿春城で防戦する。しかし、力及ばず、全員捕らえられ斬られた。【正史】197年、袁術に従って曹操領の陳を攻める。しかし、曹操自らが迎撃に出たと知った袁術が逃走したため、橋蕤、李豊、楽就と共に後詰めとなって防戦。曹操軍の攻勢を支えきれず、全員、斬り殺された。
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【三国志14】梁興の武将能力値紹介

梁興(リョウコウ) 統率61 武力65 知力19 政治21 魅力26 韓遂の武将。【演義】曹操に謀殺された馬騰の復讐のため、兵を挙げた馬超と韓遂に協力。長安を攻め、潼関に軍を進めた。しかし、渭水の戦いで賈詡の離間の計にはまった馬超と韓遂が仲違いすると、曹操軍への降伏を協議。その場を馬超に踏み込まれ、斬り殺された。【正史】後漢末、長安以西(関中)に割拠した軍閥。曹操が張魯討伐の兵を挙げると、馬超、韓遂らと共に反乱を起こす。渭水の戦いに敗れた後、逃亡して略奪を働いていたが、夏侯淵に包囲され、斬り殺された。
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【三国志14】廖化の武将能力値紹介

廖化(リョウカ) 統率73 武力76 知力62 政治49 魅力65 黄巾の武将。後に劉備に仕える。別名、廖淳、廖惇。【演義】関羽の千里行に登場し、劉備の夫人を救出。劉備が南荊州に拠点を置くと劉備の配下となり、関羽と共に荊州を守る。219年、関羽が麦城で包囲されると、単騎で脱出。劉封と孟達に援軍を求めるが拒まれ、成都に向かった。その後、諸葛亮や姜維の北伐に参加。263年、鄧艾と鍾会の軍勢を、姜維と共に剣閣で防ぐ。しかし、成都が陥落したため降伏。間もなく病死した。【正史】関羽敗死後は呉にいたが、死んだと偽って蜀に戻った。蜀の滅亡後、洛陽に護送される途中で病死。
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【三国志14】呂壱の武将能力値紹介

呂壱(リョイツ) 統率10 武力19 知力40 政治21 魅力3 呉の官僚。【演義】記述なし。【正史】孫権の懐刀として寵愛され、中央と地方の文書を監察する権を与えられた。その権限を悪用して法令を過酷に適用し、また私怨による讒訴も行って、顧雍や朱拠など多くの重臣を罪なき罪に陥れた。のち孫登、歩隲、李衡らに何度も悪事を上奏され、ついに事の重大さに気づいた孫権によって処断された。
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【三国志14】呂威璜の武将能力値紹介

呂威璜(リョイコウ) 統率60 武力63 知力28 政治39 魅力41 袁紹の武将。【演義】官渡の戦いで、淳于瓊に従い烏巣の兵糧庫を守る。しかし、許攸が裏切って曹操に兵糧庫の在処を教え、守将の淳于瓊も酒に酔って守りを手薄にしていたため、兵糧庫は曹操に焼き討ちされた。【正史】烏巣を守る。曹操に襲撃され、眭元進、韓莒子、趙叡らと共に斬られた。
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【三国志14】留略の武将能力値紹介

留略(リュウリャク) 統率71 武力66 知力59 政治47 魅力52 呉の武将。留賛の子。留平の兄弟。【演義】252年、孫権の死に乗じて司馬昭が呉に攻め入った時、丁奉の援軍が来るまで東興の右城を死守した。【正史】252年、諸葛恪の命令で東興の東城を守り、西城の全端と共に戦線を維持した。その後、諸葛恪の指揮下で魏軍を大破。後に東海太守となる。
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【三国志14】劉理の武将能力値紹介

劉理(リュウリ) 統率24 武力21 知力53 政治51 魅力63 劉備の三男。劉禅の異母弟。劉永の弟。子に劉胤。妻は馬超の娘。【演義】劉備と呉氏の子。劉備が皇帝になった際、粱王に封じられた。劉備が白帝城で危篤になると、諸葛亮に連れられ、劉理と共に父を見舞う。諸葛亮を父として仕えるよう遺言され、劉理と共に諸葛亮に拝礼した。【正史】230年、安平王に改封された。244年に病死し、悼王と諡された。
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